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ヨイショ!ヨイショ!

毎朝、隣で寝ていた私は目を覚ました時に寝返りをうちそーと薄目を開ける。
そして細い視界から母の胸の動きを見る。
母の呼吸が止まってないか、止まっていたら怖いから心の準備をするためだ。
靄のかかったような見え方だが小さく波打つ身体。
『大丈夫、今日も息してる』

8月30日金曜朝6時、いつものように、カーテンを開け
『おはよー』と私が言うと
開かない目を開こうとしているかのように
まゆげを上に引きあげ、唇を尖らせた母得意の顔で
『おはよー』と言った。
それから、
『ヨイショ!ヨイショ!』と大きな声で2回言ってみせた。
続いて私もヨイショ!ヨイショ!と笑いながら真似をして言った。

先生も驚くほど食欲旺盛の母。
その日も寝たきりになってから好物となった玉子豆腐と
杏仁豆腐をぺろりと食べてポカリスエットをごくごく飲んだ。
食事がつかれたのか呼吸が速くなる。
『ごはん、疲れた?』と聞くと
『うん、少しね』と眉間にしわを寄せた。
『じゃあ、オムツの交換はもう少したってからにしよう』と私が言った。
ラジオのスイッチを入れるとクラシックが流れてきた。

いつものような朝だった

でも呼吸は午後になっても変わらず、眠っているようだが下顎呼吸になっていた。
顔も穏やかで、苦しそうな気配は全くない。

夕方、もうすぐ仕事の時間だ。
直感でいよいよサヨナラの時が近いのがわかった。

今夜泊まってくれるようにお願いをすると、姉は自宅に用意を取りに行った。
私も夜のクラスを急遽、娘のあかねに頼んだ。
何故か夫もこの日は早く帰宅している。提出9月2日の夏休みの課題を持って帰ってこなかった息子は
8月11日からずーと一歩も出かけずに毎日『弾きこもり』といってギターを弾いて家にいた。

本当にこの日のためにみんなが何年も時間をかけて準備してきたかのように不思議とすべてが
スムーズに整っていた…

さっきまで火のついたように熱かった手足が
冷たく、青白くなり、末端が暗紫色になってきた。
顔は穏やかで呼吸の荒さ以外は気持ちよく眠っているよう…

PM.6:20その時が来た。
呼吸と脈が不規則になり、私は『ふーちゃんの最期だよ!お父さん、ジョウ来て!』と叫んだ。
姉が左手を握りしめ『また会おう!』と大きな声で言った、
私が右手を握りしめ『ありがとう!』と大きな声で言った。

不規則だが、しかし最後の呼吸を味わうかのようにゆっくりと
5回ほど大きく呼吸し、最期の息を吐くと、もう二度と息を吸うことはなかった。

夫が心臓に耳を当てる。
『まだ動いてる…でももうだめだ』
ありがとう、それ以外の言葉が何も思い浮かばない  ありがとう…ありがとう…
チャチャのように死にたいと言っていた母は本当にチャチャのように死んでいった。


往診してくださっていた病院に旅立ったことを報告すると
土日は学会で留守をすると言って心配していた先生が
15分もたたないうちに駆けつけてきてくれた。
瞳孔を確認し『午後6時41分、死亡を確認いたしました』と静かに言った。
今までのお礼を言い玄関までお見送りすると少しうるんだ目で
元首相小泉純一郎のように『感動した!』と笑顔でひとこと言いった。
そのひと言に今までの全てが凝縮されていた。


すれ違うようにして毎日のように来てくれていた訪問看護師さんがふたり来てくれ、
私がお坊さんや親せきに電話をしている間、身体をきれいに拭いてくれてお気に入りのジーンズと
Tシャツに着替えさせてくれた。

『ちょっと派手だったかな?』と少し笑って元資生堂の美容部員だった姉が死化粧をする…
本当に息をしていてもおかしくない顔だが、時間がたつにつれプラーナが少しずつ少しずつ
…消えていった。Tシャツにジーンズの母は笑っているように見えた

ぞくぞくと近くに住んでいる親族が集まってきてお坊さんもみえた。
『どこかに花はないですか、お庭の花でもいいですよ』
庭で育てている蓮の花を夫が一輪摘んできた。
茶色い素焼の一輪挿しに、蕾が膨らみかけた一番きれいな時のピンク色の蓮の花を挿した。

枕経が終わり、福島に住む母の兄弟姉妹と姉、姉の旦那、
みんなで酒を飲んだ。姉が『冠婚葬祭の華』と名付けた母の4つ下の弟が
母との昔話を面白おかしく話してくれ、泣きながら笑った。酒を飲みながら泣きながら笑った。
想い出話は朝方まで続き、記憶もとぎれとぎれだがいつのまにか眠りについた。
『隣に寝るのは最後だね…』うつろな意識で心の中で呟いた。

目を覚ますと現実に戻り、寂しさに胸が締め付けられたがやらなければならないことがたくさんある。
病院に死亡診断書を取りにいき、看護師さんとまた涙。
その足で市役所に行き埋葬許可書をもらい帰る。

動悸が激しく、身体がどうかしている。
全身全く力が入らない感じだ。

PM.1:00
いよいよ母の最期の仕事が待っている。
お迎えが来た。
家族みんなで棺桶に母を移し、旅路の杖とメガネ、真っ赤なカーディガンを入れ、
布団をかけ サヨナラをいった。
『サヨナラまたね…』

動悸が激しく、身体に全く力が入らない…
気力を振り絞り、よろけながらも外まで出て母の最期の仕事を見送る…だらしのない私。
『いってらっしゃい!』

母の人生最期の仕事、それは献体。
母は50年以上前県立医大で心臓手術を受け奇跡的な確率で成功し今まで生きてこられた。
そして私の姉の長男は東北大学の医学部3年生で医学の道を歩んでいる。
医学・歯学の大学での学生の人体解剖実習や、教育に役立てるために遺体 を提供することが
母の最後の願いでした。大学へ搬送されたら数年間(1年~3年)は戻ってきません。
『いってらしゃい!!!』

テレビドラマや映画で見る親しい人をなくして崩れこむように倒れる人。
あれは大げさな演技だろう…今日まで私はそう思っていたが、
その時の私はまさにあのスクリーンの女性のように一人では立っていられないほどだった。
部屋に戻りソファーに倒れこむと、『あれは本当なんだな…』と妙に冷静に自分を客観視した。
息子と娘はさっきまで母が寝ていた介護ベットに横になったり頭の方や足の方を電動で動かし
『ふーちゃんが見ていた景色!』と言っておどけて見せた。
私も『ガンダムの操縦席みたい』といって笑った。
そして誰からともなく、みんな昼寝をした。静かな静かな午後だった。

夕方息子が千葉に帰るといい、駅まで送った。
改札で『ジョウ、ハグして…』というとやさしくハグしてくれた。
見えなくなるまで見送ったが、息子は一度も振り返ることなくエスカレーターに消えてった。

母の好きなもの…
ジーンズとTシャツ。
音楽とラブロマンス映画。
鉄腕ダッシュと踊るさんま御殿、
ぶどうと林檎、私の作った鳥のから揚げ
パク・ヨンハと田中マー君、そして猫。
最期までユーモアを忘れなかった自由奔放で台風のような人。。。


息子を見送り、車に乗り込むと娘のあかねがぽつりと言った。
『ふーちゃんの人生はまさにロックだね』

ヨイショ!ヨイショ!
最期の朝の母の声が…別れを悲しがっている私の背中を押す。

ヨイショ!ヨイショ! 

今日まで出会い、支えてくれ力になってくれた全ての人に感謝をしております。
本当にありがとうございました。
淋しさ悲しさは自分で少しずつ整理し、何年先かわかりませんが
仕事を終え遺骨になった母が帰ってくる際は笑顔で
『お帰りなさい!』が言えるよう待ちたいと思います。

心より感謝をこめて
はやしかおる


母と猫


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Category: 日常

コメント

悲しみはずっと消えない 
でも変化はする 重さは変わる 耐えやすくなる
のしかかっていた重い大きな石が ポケットの小石に変わる
時には忘れさえするけど ふとポケットに手を入れると
やっぱりある
ああ・・・そうかと胸が震える
でも何とかなる
それってつらくはあるけど 亡き者が遺したものだから
持ち続けられる
どうせ消えないんだし
いいのよ それで

2013/09/09 (Mon) 23:49 | もっち #- | URL | 編集
>もっちさん



風邪が治ったかと思ったらまたぶり返した…みたいに思い出します。
そしてたまらなく会いたくなります。
でもいつか免疫がついて風邪をひく回数が減っていく…。
思い出せるのも私が生きている証拠。
もうすぐ四十九日です。
遺骨が帰ってくるのは2年後。
小さな仏壇を買いました。

持っちさんのコメント、心が少し軽くなりました。

そうかこれでいいのか…

有難うございました。

2013/10/09 (Wed) 14:20 | かおる #- | URL | 編集

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